肩書を付けて温泉記事を書いている自称ライター

ちょっと見かけたのですが、

「私、温泉ソムリエでーす」と名乗っておいて

「モール泉はよく分かりません」と言い放っている人、

インスタグラムで見かけました。

どうやら東京関連の記事を某媒体で書いているとのこと。

んーーー

困った

正しい情報や知識が広がるどころか

薄っぺらな情報や知識が広まってしまう・・・・

風評をぶち壊せ

震災が起きると必ず「風評」が出て来る。
 
熊本・大分地震のときも大分県内、というか別府市内でも学生らしき人や旅館の主らしき人物が冷静さが欠けている情報をblogにあげていた。
 
必ずしも風評は外からとは限らない。
 
風評は根拠が無かったり感情的なものだと中越地震のときに感じていたので、だったら逆に風評に対抗するように大分県内を巡って写真を上げてやろうと思ってあちこち行って写真を上げたら案の定反応があった。

大丈夫なのかとの問い合わせが増えた
発信が大事
 
東日本大震災のときは関係ないエリアの温泉地の宿泊の予約までがキャンセルに見舞われた。だからいっその事、行ける範囲で泊まりに行こうとした。


所詮、風評は風評。庶民の浅知恵


風評流す奴らとは戦うべし

そういえば熊本・大分の地震があったとき、別府市長野市長が似たようなことをしていた。

ジモ専とは

ジモ専とは、地元専用(一般お断り)略して「ジモ専」。

「家族」「親族」「近所」「組合」のための非商用施設及びその敷地。

一般お断りなので部外者は行っても入ることができない。無断で入ると不法侵入になる。

 

一般でも入ることができる観光施設やお金を取って入れる銭湯式と区別するために、この言葉は存在する。※1

 

しかしネットを見ていると「地元の人の行く温泉(ジモ泉)」と誤認識している人が少なくない。

 

これだと意味を勘違いして、地元の人に迷惑をかけることもある(事実、別府であった※2)

 

温泉ソムリエとか温泉名人とか温泉マイスターとか、肩書ばかりが立派なわりには温泉の事情に詳しくない人が増えてきている。(もちろん詳しい人もいるが、少数)

 

が、しかし・・・

 

そういう肩書を持っている人は温泉や温泉の事情に詳しいと思われがちなため、その人達がblogやSNS、TVや雑誌等で勘違い発言をしたとしても、それを見ている人、聞いている人がそうなんだと思いこみ、また、ネットで拡散されてしまい、事実上、「地元の人の行く温泉」になってしまう。

 

そうなると、また何らかの形でトラブルが起きる。

性善説はやめなさい。

 

※1 「近所」「組合」などであっても独自ルールで、宿泊客のみに許可をあたえているケースも有る。

 

※2 別府の場合は組合施設であっても外来入浴が可能だったり、年に数回、一般開放されることが(施設によって)あるため、地元専用といってもハードルの低さがある。

 

それ故に、人によってはジモ専と言われても「地元の人の行く温泉」のイメージを持つものも少なくない。また、別府のケーブルテレビを始めとする地元メディアも本来の意味でない解釈でoutputされている。

 

そのため、本来の地元専用とは思わず、入浴して迷惑をかけた人がいた。

悪いのは誰だ。

 

自転車旅 その4

5日目

朝6時、宿を発つ。ひとけのない温泉街を抜け、17号線沿いのセブンイレブンカロリーメイトその他
 買い込む。
 国道17号線は、突然、急坂になる。
 曲がりくねった道を上り、トンネルを抜けると、三俣地区になる。
 いくつか日帰り入浴出来る場所があったが、今回はパス(しかし、今は廃業している。無念・・・)
 山には霧がかかってきた。天候が怪しい。

 三俣地区を抜けると、再び山道に。ときたま貝掛温泉の看板がある。
 走行しているうちに貝掛温泉の分岐点に到着。
 寄り道はせず、ひたすら自転車を走らせる。
 長いトンネルがあり、それを越えると苗場に到着。
 雨が降り出したので雨合羽を着込む。蒸れてきて、爽快感が全くない。
 なぜか自販機が少なかった。
 苗場を超えるといよいよ三国峠にさしかかる。三国トンネルの前で雨合羽を脱ぐ。

 トンネルを抜けると雨は降っていなかった。
 今度は急な下り坂が続く。

 ブレーキに負担がかからないよう、たまに降りて歩いたりを繰り返す。
 そうこうしているうちに猿ヶ京温泉に到着。
 テルメ国境に入ろうと思ったが、なぜかやめた。

 湯宿温泉に到着。共同浴場はないか探したが、清掃中とのこと。
 仕方なく走り出す。

 月夜野町に入ると、新しい道路建設をしているようで、道が分からなくなる。
 湖を越えて街の中に入る。
 沼田の町中は道路が狭く、走りづらい。
 途中、ドライブインを改造した、沼田温泉がある。
 ここで一休みとする。

 利根川を横目に再び走り出す。
 再び、渋川に。往路で分岐した場所に戻った。
 今日中に東京へ行きたいが、難しいだろう。
 
 前橋から、コースを変えてみる。
 50号線と17号線を経由し、伊勢崎を越える。
 途中から、国道を外れ、県道へ。
 太田市を今日の目標と定め、標識を頼りに進む。
 延々と、同じような風景が続く。
 ようやく太田市にはいるが、駅へ行く道が寸断されている。
 町中をうろうろして、ロスがあったが18時頃、太田駅前に到着。
 駅前で宿を探し、駅近くの宿を見つけ、そこで宿泊。


6日

どうも、帰路はあまり詳細に覚えていない。
 あまり面白みのない風景が続いたからだろう。
 翌朝は国道122号線を進む。
 ダンプが頻繁に通るので、進んでいて心地よさがない。
 
 途中、岩槻に立ち寄る。
 知り合いのマッサージの人が住んでいるので、会ってマッサージしてもらう。
 激痛。しかし、かなり軽くなった。

 岩槻からは県道を経由し4号線へ出る。
 走っているうちに、いつの間にか足立区へ入っていた。
 そして環七に戻った。往路時よりペースは落ちてはいるが、10km1時間ペースで進む。
 夕刻、小岩到着。

 おみやげを持って西麻布の飲み屋へ向かい、朝まで騒いだ。

自転車旅 その3

3日目

朝6時出発。よく眠れた。さすが布団だ。
 18号線に出る。子供の時に、車の助手席に乗って見た風景が広がってきた。
 黙々と走る。
 軽い上りと下りを繰り返す。牟礼あたりで上りがきつくなってくる。
 11時頃、野尻湖到着。水分補給する。
 新潟と長野県境到着。道は新しくなり、走りやすくなっている。
 ここから新井まで、ほとんど下り。楽勝。
 12時30分、上越に到着。
 何日か滞在する。


 4日目

朝5時、上越を出る。朝焼けのなか、稲穂が揺れている。
 国道8号線へ出る。ダンプが多い。
 6?7時頃、米山着。日本海が広がる。トンネルが多く、怖い。
 8時頃、柏崎に到着。ここから252号線?291へ入る。日本海とはここで分かれる。
 地図を確認しつつ進む。

 この辺からど田舎になるため、コンビニはおろか、自販機も見あたらなくなる。
 途中のスーパーで、水分を買いまくる。
 武石トンネルが峠らしい。ここを越えると・・・延々と下る。
 町に入り、信濃川を渡る。
 そして、いよいよ国道17号線に入る。今回の行程で、一番長く利用する道だ。

 風景には常に信濃川が見えるので、川風があり心地よい。
 途中、信濃川から魚野川に入る。風景はいっそう山里になってゆく。
 そして自転車は、大和町へ。

 国道沿いには、田圃が広がっている。7月上旬の日差しはどんどん強くなってゆく。
 魚野川はいつの間にか遠く離れ、日陰は時々ある電信柱のみになる。
 風はなく、コンビニどころか、自販機すらない。
 この旅の行程一番の熱地獄である。

 ようやく浦佐のあたりで日陰やらコンビニが現れてきた。
 水分をやっと補給出来る。
 六日町に入る。

 やっと街らしい街になってきたので、コンビニで氷を袋ごと買い、公園で一休み。
 ここから、道路は上りがきつくなってゆく。
 塩沢石内のあたりで、国道を自転車が走れないところがあり、道に迷い、地元の人に聞く。
 すると結構ショートカットが出来た。
 山を越えると越後湯沢の街が広がる。
 この時点で6時ちょっと前だったと思う。

 駅前に宿をとり、ぽんしゅかんで酒風呂に入り、宿の湯にも入る。
 翌日はいよいよ苗場越えである。

自転車旅 その2

2日目

 4時起床。いや、どうも眠れなかったといった方がいいだろう。
 4:30出発
 途中コンビニにより、朝ドリンク&水分購入
 昨日とはうってかわって、上り下りの連続。
 6時頃、中之条に到着。この辺はひらけているといった印象

 8時頃、川原湯へ到着。聖天様露天風呂へ。
 入浴後、温泉街を奥へ奥へと進む。温泉街を走っていると、集団登校の小学生から
 「おはようございます」と声をかけられる。素朴な子らにちょっと感激。
 そのまま進むと、共同浴場みたいな建物がある。が、調べないでそのまま進み、353号へ合流。
(なお、その後調べたところによると、不動の湯と判明)
 9時頃、長野原草津口到着。さすがに駅はにぎわっている。一休み。
 草津行きのバスが発車した後、野反湖行きのバスが待機中。しかしお客はいない。
 ここから白根を経由するか、国道をそのまま行くか迷う。答えは国道を進むことに。
 標高の高い高原道路を、その日のうちに通り抜けるのが厳しいと判断したためだ。

 383号を進む。

 気持ちの中で、吾妻線の駅を小さなチェックポイントとして考えながら進んでいたが、
 最後の大前の駅に気が付かず、いつの間にか通り過ぎていた。残念。

 青空の下のキャベツ畑(レタス畑?)を横目に進む。たまに日帰り温泉があるが、今回は無視。

 いつの間にかレタス畑が視界から消えて、ダンプが非常に多く行きかっている。
 道路わきの茂みにもぐり込んで小休止。やはり前日と違って坂が多いため、非常に体力の消耗が激しい。
 自販機が少ないので、水分補給も大変である。
 登りが延々と続く。
 
 採石場を越えると、今度はぷっつり車通りが無くなる。

 つづら折りの道路をひたすらすすむ。自転車は一番軽いモード。歩いたり、乗ったりを繰り返す。
 途中、畑仕事しているおばあちゃんに声をかける。
 「鳥居峠まで歩いて行けますかね?」
 との問いに
 「昔はみんな歩いて行ったよ」
 ともかくひたすら進む。
 次の曲がり角か、それとも次の曲がり角か・・・

 いつの間にか空気が変わる。ひやっとしたのだ。そう思った途端、木々の丈が短くなり、間隔があいてきた。
 もしや?!と思い必死で進む。
 するとようやく鳥居峠に到着。13時30分
 川原湯から鳥居峠の間はほぼ上りのみで、何度引き返そうと思ったことか・・・

 ここからは快適。延々と下り坂。ブレーキが悪くなるのではないかと思うほどである。
 途中のコンビニで買い物。
 自転車で来たというのが珍しいらしく、
 「どこから来たのですか?」
 と聞かれたので
 「東京です」

 上田に到着。右翼やら左翼やらがデモしているため、警官がわんさか。
 駅周辺で1時間ほどぶらぶらする。
 そのあと、国道18号線をひたすら北へ。
 戸倉上山田で、不動産を見ながら
 「安いな?」
 とか思いつつ。共同浴場等がどこにあるか分からなかったので、そのまま進む。
 夕刻、長野市内へ。
 長野オリンピックの頃に作られた建物群を横目に見つつ、長野駅へ。

 さすがに野宿はこの辺はやだったので、駅からビジホを探し、予約。
 居酒屋に入って、久々の酒&固形物。
 ビジホの最上階には大浴場があった。人工温泉。それでも気持ちいい。
 布団に入って就寝。

自転車旅 その1

25歳のときの7月中旬。

 子供の頃、家出をしようとして、自転車でどこまで行けるのか地図を見て計算してみた。そのとき見積もったのが、3日で東京に行けるだろうと。それが、どこか心の奥にあったのか、会社を辞めたときに突如沸いてきて、「じゃあ、(会社も辞めたし、金もあるし、年齢的にも最後だし)やったれ」とMTBを購入し、その1週間後、旅に出てしまったのだ。

 用意したものはリュックサックに雨具・下着・タオル・デジカメ・薬・日帰り温泉マップ等。初めはいろいろなものをリュックに入れていたが、旅立ちの当日にリュックを背負ってみると、けっこう重い。これでは自転車を漕いで峠を越すのはきついだろうと。そんなわけで、荷物は最小限にとどめた。

 

1日目

 スタート地点は、東京都江戸川区小岩。朝5時出発。
 コースとしては子供の頃に考えていた逆をたどる。環七?17号経由で埼玉へ。
 1時間15km?20kmの移動距離。
 朝の7時に荒川を渡り、埼玉へ。

 いきなり新潟に目標置くのはしんどいので、まずは埼玉県境、次は大宮・・・と
 チェックポイントを決めて進んでゆく。自分のペースで何時ごろに着くだろうと予想し、
 その通りに進められればちょっと嬉しかったりする。

 埼玉から歩道が少なく、車道を走る。すこしづつの上り坂がつづく。
 日常では気にならないくらいだが、長距離移動だと少しづつ負担が増してくる。
 そのためか、桶川を過ぎたあたりから右腰あたりが痛み始め、鴻巣あたりでは
 かなりきつくなりった。しかたがないので持っていた消炎剤を塗り、エアーサロンパスを掛け、
 その上にシップを張った。やりすぎるくらいだが、おかげでその後は腰の痛みは出なかった。

 12時?13時(たぶんお昼時)に熊谷着。
 お昼といっても、基本的に固形物は取らないということだったので
 ウイダーインゼリー・カロリーメイトドリンク・エネルゲン・ポカリスエット
 アクエリアスなどを飲みながら自転車を走らせる。
 街中の人の視線を感じる。
 簡易な休息は、地図を見たり、風景を眺めたり、コンビニによったりする程度。

 熊谷を越えたあたりから、風景から家が減り始めた。
 国道からはずれて、どこかの林の公園で約30分ほど仮眠し、しばし休憩。


 岡部あたりで道に迷うものの、なんとか国道17号に戻る。
 地図は、日帰り温泉マップしかないので大雑把。細かいところは載っていない。
 ほとんどは道路標識を見ながら、あとはカンで進む。


 地図を見ると、新町から高崎をショートカットして前橋に行けそうだ。
 細かい道までは分からないので、標識と方向を頼りに、カンで前橋まで。
 (なお、地図というのは、A4サイズの日帰り温泉本についてくる地図なので、
 詳細には分からない。)

 前橋には17時頃到着。道が広いので、かなりとばした。
 途中、道を外れたら、温泉スタンド見たいなのがあった気がしたが・・・・勘違いか?
 雲行きが怪しくなってきた。降らないといいのだが・・・。
 18時に渋川へ。川を渡り353号線へそれる。

 このとき既に夕刻。このあたりから道は坂道が増え、山へと進む道になってきた。
 急に体力の消耗が激しくなった。

 暗くなってきたのでライトを点灯する。
 途中のセブンイレブンで夕食におにぎり2個を購入。
この日初めての固形物。
 コンビニの駐車場で食事をし、進んでゆく。
 上り坂を延々と進み、今宵の宿(野宿場所)を探す。
 20時に小野上温泉センターに着いたので、とりあえず汗を流し、
 駅の傍らにあるトイレの前に敷物を敷いて寝る。
 が、終電になるまで、人の声で、(何か言われないかと)気がかりで寝むれない。
 駅といってもローカル線で、11時過ぎの最終が行ったあとは静まり返っている。

 この日の移動距離はLiveDoorMAPで調べると143.8km。コース的には若干違うので150kmほど進んだだろうか。

 2日目につづく・・・